[とくダネ!ナオキ 第52話]正しい表現より慣れた表現
このコラムの読者から話題として取り上げてほしいというニュアンスの情報提供がありました。読者の会社で作る取説で使われる「はやい」という言葉の漢字表現が「早い」と「速い」の2つがあり、問題になったという話でした。
確かに、私もたまに迷うときがあります。問題になったということは用法にユレがあったということですね?
どちらの表現を使えばよいか関係者にアンケートを取ったところ、「早い」が多かったそうで、結果的に「早い」に統一することになったそうです。
「速い」という表現は使わないということになったのですか!?
個人的にはスピードに関しては「速い」を使ってほしかったです。つまり、統一する必要はないと考えました。「速い」はスピードに関する記載に使った方が適切です。
動作や概念的な早さ、物理速度の速さ、というのが一般的な使い方だと思いますが?
そうです。「早い」だけしか使われていないと、どちらの意味で使われているのか自分で判断しなくてはならなくなり、読むのにエネルギーが必要となるからです。しかし、一般的には「早い」と「速い」を厳密に使い分けるほうが面倒だと感じられるようです。面倒なことはしたくないから表現を統一したくなるのだと思われます。
前回同様に生成AIにも聞いてみます。(笑)
「早い」と「速い」は、どちらも「はやい」ことを表す言葉です。
「早い」は、ある基準の時間よりも前の時点でものごとが行われることを意味します。また、転じて「物事を急いで行う様子」という意味にも用いられます。
「速い」は、一定の時間の中で多くの動作が行われることを意味します。また、速度を表す言葉でもあります。
「早い」と「速い」の使い分け方の例は次のとおりです。
- 「彼は毎日、会社を出るのが早い」の場合は「早い」
- 「会社から駅まで歩くのがはやい」の場合は「速い」
- 「足が速い」「回転が速い」「スピードが速まる」の場合は「速い」
- 「出発時間が早まる」「早めに来る」「早い者勝ち」の場合は「早い」
概ねこの通りだと思いますね。
この用語統一が情報発信者側のために行うのかというと、そうとは言いきれません。ユーザーも厳密な言葉の使い分けを望まないと思われるからです。私のように言葉の意味を厳密に解釈したいというのは少数派かも知れません。
極端に云うと国語力が低下しているということですか?
そうではなく、一般的に厳密すぎる言葉の解釈は人間関係においてはよい結果を生まないことも珍しくないのです。
話をする側がアバウトなのに、聞く側が厳密性を求めると、面倒くさい奴だと思われるだけです。
あ、それはありますね。「こいつ面倒くせー」などはよく聞くフレーズですね。(笑)
だから、言葉の解釈をアバウトで済ませる習慣がついています。この習慣は取扱説明書を読むときにも影響を与えます。
厳密さを必要としない部分はできるだけアバウトなほうがユーザーには好まれるのです。家電製品の場合、「速い」と「早い」が厳密に使い分けられなくても、重大な結果を招く恐れはないと思われます。そのような場合にはユーザーが受け入れやすい表現を提供したほうがユーザーに喜ばれるのです。だから、この統一はユーザーのためでもあると考えられます。
だとしても「早い」と「速い」程度は常識範囲だと思いますし、ゆとり教育で円周率を3にしてしまおうとした理論にちょっと似ている気もしますが。
「はやい」が使われる家電製品で、すぐに思い浮かぶのは炊飯器と洗濯機ですが、他にも、アイロンでは「立ち上がりが早い」などの使い方がされます。冷凍冷蔵庫でも急速冷凍機能などで「早い」が使われそうです。探せばほとんどの家電製品で使われていそうです。
確かに、パソコンの起動が速い、パソコンの起動が早い、はどちらでも違和感がありませんね。
ちなみに、検索結果だと前者が43%、後者が57%でほぼ同じです。
広辞苑で調べると「はやい」の漢字表現は【早い・速い】となっています。
「早い」の意味は「時刻・時期が基準より前である、まだその時になっていない、てっとりばやいなどの意のほか、一般に広く使う。」となっています。
「速い」の意味は、「スピードがある意に限って使う」となっています。つまり、「早い」は「速い」の意味でも使われているが、「速い」はスピード(=動作の進行にかかる時間)に対してしか使われていないということです。
やはり高速・低速などの速度という概念が伴うものは「速い」が正解でしょうか?
そこでインターネットで「はやい」に関する表現を探してみました。某メーカーのホームページには次の表現がありました。
炊飯器の早炊き機能とは?どれくらい早い?
もし、「どれくらい早い?」だけだと、「どれくらい早い時刻に?」という意味に解釈する人と「どれくらい速い速度で?」と解釈する人が、それなりの割合でいると思われます。ところが「早炊き機能」を先に読むと、炊くという動作が示されているので、自然に炊飯が高速で行われると解釈する人が増えると思われます。「早い」でも、かなりの人が意味を「速い」と解釈すると思われます。
どちらの反対語も「遅い」ですから漢字か日本語の妙ですね。
個人的に以前から気にしている似たようなケースがあります。
QRコードに関する表現です。スマホにQRコードを読ませて特定のWebサイトへ飛ぶという表現をするときの「飛ぶ」です。私は「跳ぶ」を使いたいのです。しかし、インターネットを調べると7~8割が「飛ぶ」を使っています。「跳ぶ」は少数派です。広辞苑で意味を調べると次のようになります。
とぶ【飛ぶ・跳ぶ】
①大地から離れ空に上がる。
②空中にはねる。
つまり最近は飛ぶも跳ぶも同じ意味で使われているということだと思われます。しかし、大辞林では少し厳密です
飛ぶ:空中を浮かんで移動する。
跳ぶ:人や動物が足で地面をけって空中にはね上がる。
飛ぶは英語のfly、跳ぶは英語のjumpと置き換えれば違いが分かりやすいです。なぜ、飛ぶが多数派かというと、私見ではありますが、「跳」を「と」と呼ぶのに慣れていないからでしょう。人は見慣れたものや使い慣れたものを受け入れやすいので、「飛」を選ぶのだと思います。
確かに、パソコンが跳んだとは記載しないですね。
この後、別の読者からも質問がありました。似たようなケースでしたので、読者の承認を得て紹介します。
洗濯機の取扱説明書の水栓の操作に関する表現で、水栓を開ける操作に関する表現は「開ける」で統一していたのに、水栓を閉める操作に関する表現には「閉める」と「閉じる」が混在していたそうです。これを統一したいと思って質問者が調べたのが次の説明です。
- 「閉じる」を使うとき:
立体的に広がっていたものを元の状態に戻すとき - 「閉める」を使うとき:
- 続いていたものが終わるとき
- 横にずらすなど、平面的に開いていたものを元に戻すとき
- 物などを使って、固定して動かないようにしたり、通っていたものを通らない状態にしたりするとき
水栓は、水が通っていたものを通らない状態にするので、取扱説明書の表現を「閉める」に統一しようと思うが、問題ないかと私に聞いてきました。
私は対義語(反対語)辞典で調べました。「開ける」の対義語は「閉める」「閉じる」の順で掲載されていました。これを読んで、私は「閉める」と「閉じる」は厳密には意味が異なっていても一般的にはほぼ同じように「開ける」の対義語として使われていると考えました。「早い」と「速い」の場合と似ていますね。
引き戸を閉める、仏壇を閉じる、確かに平面か立体なのかをイメージできますが、ドアも閉めるですよね?
そこで私は対義語辞典の結果を添えて問題ないと回答しました。個人的には「閉じる」は目で見える操作を表すとき、例えば「扇子を閉じる」などの表現に限定して使いたいと思っていますが、少数派の意見でしょうね。
日本語は奥が深すぎて面倒くさいですね。(笑)