[とくダネ!ナオキ 第18話]国際標準をもガラパゴス化する日本
写真右:クレステック・高橋 英子
では前回からの続きになりますが、その最後に各国の法制度という話題になりました。引き続きマニュアルと法律の関係についてお聞きして行きたいと思います。
合衆国連邦法と州法
前回の話題の中に、アメリカの法律に対して国内メーカーの意識が低いという指摘がありました。それはどういうことでしょう?
徳田 アメリカ合衆国という国の成り立ちみたいな文化を知らなさ過ぎます。
日本の国法は全国に通じるものですが、USA(以下US)には州法というものがあります。連邦法だけでなく、州によって法律が違うということが日本人にはピンとこないのかも知れません。
日本にも条例制度がありますが、これは自治体で定められる限られたルールですから次元が違います。
一国の中で法律が異なるというのは我々には思いも及ばない概念なのかも知れません。
徳田 州兵がいる国ですよ。軍事的行動を州単位で行えます。 そういう国の成り立ちがまったく違うということを理解せずに、日本と同じ感覚で輸出したら失敗するいちばん多い国がUSです。 反面、EUは国が違っても法律は同じです。
規制や規格要求についても、USの方が比較的緩やかで、EUの方が厳しいというイメージがありました。
徳田 まったく逆です。ちょっと語弊がありますが、EUは守ればOKです。
USは、たとえばカリフォルニアはOKでも、ウィスコンシンではNGということがあります。
高橋 連邦法という大きな括りはあります。
ただし、輸出中の関税チェックを例に挙げても、たとえばサプリメント食品で何が栄養基準なのか、FDA(Food and Drug Administration:US食品医薬品局)に該当する商品なのかどうかなど、EUと比較しても項目が多いですし、州によってその項目の数も内容も異なります。
徳田 極端に言うと、連邦法はすべての項目が1つの巨大な法律になっています。
どういうことですか?
徳田 連邦法は民法や刑法や商法やらが合体しているような部分があり、1つの法律に全体系が入っています。それに、実体法としては州法が適用されます。 USの法律や連邦制度っていろんな意味で凄いですよ。他国の法律とは一線を画しています。
すごく合理化されているとか、理にかなっているとかですか?
徳田 そうではありません。疑問に思うこともいっぱいあります。USの法体系とはそういうものだ、という理解でしかありません。
合理的だとか理にかなっているとかそういうものではなく、USの法体系はこう、EUの法体系はこう、日本の法体系はこうなんだと理解するしかありませんね。
国によって法体系がそもそも違うという意識を持つ必要があります。
高橋 それは製品を海外に輸出する企業にとって必要な思想的な考え方ですね。
EUにおいては、NLF(New Legislative Framework)という、EU市場監視と製品の法的適合性を定めた規則がある上でのCEマーキング制度とか、ダイレクティブ(指令)とか、レギュレーション(規則)に対してこうしましょうとか、そういった体系になっています。
一方でUSの連邦法はすべて大枠で並列に定められて、個別に問題があったら当事者間で解決しなさいと思わせるような体系になっています。(笑)
徳田 連邦法って日本人の感覚からすると不思議ですね。
日本人には相容れない感覚ですか?
高橋 大雑把ですが、自由に取り引きしなさい、売買してもいいですよ。でも、もし何か問題が発生したらその証拠や論拠を持って立証しなさいという感覚に感じます。
徳田 そうですね。それは日本ともEUとも違う感覚ですね。 そういう違いを感覚的に理解するしかないのに、日本のメーカーはそれについて行くことができていません。そういう意味で、日本はEU以上に、USに対して感覚的について行くことができていないと思います。
EUの法律というのは割と体系化されていますから、日本人にも理解しやすいと言えます。一方、USの法体系と言うのは日本人にはすごく理解しがたい面があります。
高橋 文化背景からも違いますよね。EUは加盟国とバランスを取らないといけないという歴史がありました。
ですからやたらと基準を作ります。(笑)
それに対し、USはEUから浅い歴史の中で劇的に独立してできた若い国です。そういう国ですから、独自の法体系が成立したというのも分かる気はします。
徳田 日本はもっと歴史が長く、感覚的なものを含めた上での法体系で成り立っていますから、やはり感覚的に違うのですよ。
それだけで一冊の本になりそうですね。
徳田 そりゃそうです。歴史や文化は国の法体系そのものと密接に繋がっています。
高橋 イノベーティブな産業がアメリカ発祥に多いのも、それが影響しているのでしょう。USには、一般電気製品では原則強制規制がありません。安全性が高度に要求される分野の商品や製品には、日本より明確に厳しく規制されている場合は当然あります。
商品取引に関する各国の法規制
製品の輸出入に関して、ネットでは団体でも個人でも直ぐに売買できます。どこの国とは言いませんが、私も不良製品や劣悪品を購入してしまった経験が何度もあります。
これに関して、法的な側面から現状はどうなのでしょう?
徳田 それは日本の法規制が甘いからです。
高橋 そうですね。たとえば、電子商取引大手A社のEUサイトとUSサイトでは販売できる商品がコントロールされています。EUサイトで、EUの法規制に適合していない商品は売ることができません。この商品はEU規制をクリアしていないから販売できないと表示されます。
日本からEUサイトにアクセスして商品を購入しようとしても、この商品は日本の法規制をクリアしていないから日本には販売できませんと表示されます。
徳田 USはもっと自己責任レベルが強いですね。日本のサイトにそういった記載や規制が少ないのは、単に法規制が甘いだけです。
なるほど、ECサイトのベンダーは各国の法規制をきちんとコントロールしているということですね。
徳田 そうです。知らないのは日本のユーザーだけです。
うーん、身も蓋もなくなってきました。つまり私も含めて、日本のユーザーがバカなだけということですか?
高橋 EUサイトとUSサイトを深く見ていくと、市場監視規制に関係する記載がありますが、日本のサイトにはありません。
徳田 日本の法律が甘いという最たる例です。 どうしてかと言うと、たとえば日本の法律を厳しくしようとすると、すぐに野党が反対します。
複雑化した政治のハナシになりますね。
そういう意味で、日本は国際標準からどんどん遅れていると言えますか?
徳田 残念ながら、そういうことです。
マニュアルの国際規格対応
各国とは法体系そのものが違っていますし、その適合も重要だということでした。それをきちんとしないといけませんよというのが、高橋さんの業務使命ということですか?
高橋 私が所属するクレステックの国際規格グループはそれが主体です。
輸出先の国ごとに違うことを調査して、マニュアルを含めた製品適合のサポートに全力を注ぎます。結果、製品上市のリスクがかなり軽減できます。方向性としてはそれで間違いありません。
一般論として国内メーカーの意識が低いということでしたが、それを啓蒙するようなことも?
高橋 意識がある人とない人、メーカーの場合担当者レベルで違います。リスクアセスメントについても同じです。
徳田 日本のメーカーはそういう意味で権限が曖昧です。権限規定を明文化していないことも原因の1つです。大雑把にはやっているでしょうが、海外はもっと細かいレベルまで明文化しています。
日本の商習慣ではこれまで何の問題もなかったから、ということも言えますか?
徳田 そうです、国内だけのビジネスならOKかも知れません。でも国際社会ではダメ、グローバル的にはダメですよ、ということですね。
高橋 そういう意味で、製品の開発は最初からコストが掛かります。製品の適合評価などは必ずコストが掛かります。
ECサイトを利用すれば簡単に物が売れるだろう、販社もおかなくていいだろう、というのはちょっと見誤った考え方と言えます。
現地事情や法律の適合を意識せずに輸出してもダメです。最低限仕向け国の安全基準を満たしている必要があり、また、製品が輸出される以上は、その国の法律に沿っていなければなりません。現地法人の設立費用や固定費はすごく掛かりますが、問題が発生した場合のコストの方がはるかに高くつきます。 輸出産業において、これからはその意識がさらに必要だと思います。
徳田 そういう意味で、日本企業はガラパゴスだよね。
国際規格への対応に関してもガラパゴス化しているということですか?
高橋 そう言えますね。
徳田 つまり、そういうコストが掛かることに対して、それを担当者レベルの責任にしています。本来は経営レベルの責任にしなければいけません。
担当者レベルの責任にしているから、経営側としては余計なコストを掛けたくないから腰が引けるという作用が生まれます。
高橋 ですので、マニュアルはメーカーにとって1つのツールに過ぎないかも知れませんが、法解釈も含めてマニュアルだけで完結するというのが、マニュアルに対する私の理想的な位置付けだと考えています。
高橋さんには今回ご協力いただきありがとうございました。また別のテーマでもお願いします。
高橋 英子 プロフィール
株式会社クレステック 事業推進室 国際規格グループ 主任
Eiko Takahashi
CRESTEC Inc.
Senior Staff, International Standards Team, Business Advancement Section