[とくダネ!ナオキ 第17話]マニュアルの本質とグローバル化
写真左:クレステック・高橋 英子
本日はクレステック・国際規格グループ(以下ISS)主任の高橋さんにご参加いただきます。
マニュアルと国際規格をテーマにいろいろとお聞きしますので、それぞれの視点から議論していただきたいと思います。
マニュアルの本質
高橋さんは顧客が新製品を輸出する際、現地法の調査や国際規格への適合を支援する業務を主に行っておられますが、まずはそういった業務の視点から、高橋さんにとってマニュアルとはどういう位置付けでしょうか?
高橋 製品マニュアルの場合、操作説明だけではなく安全性や法律の適合など、さまざまな情報をユーザーに提示する必要があります。それらの情報も含めて、マニュアルだけで完結するというのが理想的な位置付けだと考えています。
マニュアルは製品ありきの情報ですが、安全性や法令への適合について、その重要性を本来は国がもっと意識すべきかも知れません。
マニュアルは、メーカーとして重要情報を伝達する媒体でもあるということですね?
高橋 そうです。それが往々にして乖離している場合があります。マニュアルの分かりやすさも大事、ユーザビリティーも大事、文章の品質も大事、それらは絶対に必要なことです。それプラス、重要情報をユーザーに正しく伝え、分かってもらえることが大前提だと思います。
徳田 それらは重要なことですが、ある意味枝葉末節のことだとも言えます。
それらは実現するための技術であり、マニュアルの本質ではありません。
ではマニュアルの本質とは?
徳田 私の立場から言うと、いちばん大事なのはユーザーの安全です。その次にユーザーの利益です。 これが、マニュアルが本来果たすべき役割の本質だと思います。
高橋 それを議論するためにも、ユーザーの定義が必要になると思います。ユーザーにはさまざまな人が存在します。その想定が無いと、重要な情報を誰にどのように伝えるのかが不明瞭になります。
ISSでは常にユーザーを定義付けすることから始まるのですか?
高橋 もちろんです。マニュアルを読んで製品を使う人、というのが大前提です。
マニュアルを読まない人は対象にはなり得ないということですか?
高橋 マニュアルを読まずに製品を使う人は対象外です。読んでくれない人に意図は伝わりません。
それはそうですね。ユーザーの定義付けで重要視していることは?
高橋 まずは製品の使用目的です。これはどういう製品で、どのような目的のために使われる製品なのか、ということからスタートします。
意図した使用
コンシューマー製品と、産業系製品ではそれらの位置付けが異なりますか?
徳田 それは同じです。ユーザーが何のために使うか、ということについては関係ありません。 ユーザーがある目的のために製品を使うということ自体は変わりません。
高橋 本来はそれを前提にモノづくりが行われます。それなくして製品の設計はあり得ませんし、何のために使う製品を作るのか、というコンセプト無くしてモノは造れません。
ですから、使われ方はユーザーに委ねます、誰が使ってもよい製品ですということはまずあり得ません。
もしそのような製品であれば、製品の設計思想は何だったのか?ということになります。
製品の使用目的の明確化ということですね。
徳田 それを国際規格的な言葉で言うならば、意図した使用ということになります。
意図した使用はメーカー側がユーザーに提示することです。それに沿ってユーザーに使ってもらう。ですから、意図した使用をマニュアルに明記しないということはあり得ないことなのです。
高橋 ただ、メーカーの販売計画やマーケティング的な視点で、ターゲットや販路を広げたいという観点が出てくることも珍しいことではありません。
メーカーの販売促進的な意図と、設計の意図を整合することも重要になってきます。
なるほど。設計部門と、利益を顕在化させたい営業部門とではミッションが異なりますよね。そうすると、それぞれの意図がズレてくる、あるいは曖昧になるということも想定できますね。
徳田 ですから、メーカーの意思や意図を、マニュアルで明確化することが重要なのです。
紙媒体や電子媒体はさておき、それをマニュアルに書きなさいということですね。
徳田 メディアは関係ありません。メーカーの意思をどういう手段で伝達するかはさておき、はっきりさせることが必要です。
では、メーカーが提示した意図した使用以外で使われたならば、どんな使い方をされてもメーカーに責任はないと理解してよいのですか?
徳田 明記しているなら、そういうことです。
高橋 マニュアルには、メーカーとユーザーの契約書という側面もあります。
意図した使用を明記しているなら、それに反した使用はユーザー責任になります。そのためにも、必ず明記しなければなりません。私がこれまでに担当した顧客でも、まずはマニュアル評価からスタートしますが、それが明記されていないことがほとんどでした。法律や規格への適合以前に、そこからコンサルティングを始めたメーカーさんがほとんどです。
徳田 実例を挙げると、食品を加熱調理するという意図した使用をマニュアルに明記してあれば電子レンジでおしぼりを温めるために使うというのはユーザー責任です。メーカーの責任は一切ありません。
この場合の火災事故については、メーカーは免責事項ということですね。
高橋 PL(製造物責任)法でも、製品の使用条件を定めた上で、製品の安全品質を担保しなさい、ということになっています。マニュアルの前提はこのPL法です。
ですから、マニュアルを適当に書いていたらそれはダメですよ。(笑)
製品を世に送り出すということは、そのリスクが常に存在するということを忘れてはいけません。
使用契約書としてのマニュアル
ユーザー視点でお聞きしますが、製品を応用したり転用したりすることは、エンドユーザーや技術者レベルでも考えてしまうことだと思います。これについてはいかがでしょう?
徳田 ユーザーが製品をどのような目的で使うかは法的に制限されることではありません。ただし、メーカーは責任を負いませんとユーザーに伝えれば良いのです。 提示した意図した使用以外での使用は、ユーザー責任で行ってください、と明記すれば良いのです。
高橋 もちろん製品の安全設計が担保されていることが前提ですが、そのためのPL法でもありますよね。
徳田 先ほど挙げた電子レンジは、食品を加熱調理するための製品ですから、おしぼりを温めるという行為はユーザー責任で行うことになります。
電子レンジのような日常的に馴染みのある製品では、常識の範囲として記載を省略するということも考えられますが、それについてはどうでしょう?
徳田 法的な側面から、常識の範囲というのは許されません。必ず明記する必要があります。
高橋 そういう意味で、マニュアルには使用契約的な側面もあると先ほども言いましたが、USA(以下US)を代表に海外ではすぐに訴訟に発展する傾向があります。
そのときエビデンスになるのがマニュアルで、どのように記載されていたのか、ということが問われます。
なるほど、国際的にはマニュアルはメーカーとユーザーの使用契約書ということが言えるわけですね?
高橋 海外だけではなく、国内でもそうです。ただ、日本ではそういう認識は一般的に薄いような気がしますね。
徳田 そうですね。しかし、民法でもマニュアルは契約書と同等の扱いになります。
高橋 昨年(2020年)の民法改正で言えば、特にその定義が明確化されました。それを忘れている、あるいは意識していないメーカーさんが多いような気はしますね。
徳田 確かに、日本の文化として、はっきり言いたくない文化ってあるよね?
高橋 誰にでも売れるように、ぼやかしておきたい事情も垣間見えることがありますね。(笑)
徳田 法的な観点から言うと、ぼやーとは絶対にあり得ませんね。グレーにしておくのではなく、絶対に明確化する必要があります。この意識が国内では非常に薄いと感じます。
高橋 グレーにしておくとすべてをカバーできるというのは錯覚ですし、間違いですね。
徳田 そうそう、逆に言うと、ぼやーとカバーしたものは、実は何もカバーしていません。(笑)
高橋 メーカーは今後いろいろな条件付けを行って、それを基準に判断するということを常態化しないといけません。それを曖昧にして製品をリリースしたら、かなりのリスクを背負うことになります。
日本メーカーと海外事情
徳田 もう1つ挙げるとすれば、国内メーカーは法的訴訟に慣れていませんね。 これは民度や文化背景の違いもありますが、海外ではすぐに訴訟が起こります。それと比較すると、日本は圧倒的に少ないです。
国内のPL法による訴訟でも、マニュアルに起因した事案は少ないですね。
徳田 そうです。日本では、マニュアルの欠陥を争点としたメーカーの敗訴という事例はほとんどありません。
高橋 だから日本はそういうことが曖昧になって、各業界でPL的な保険事業をやっている会社は、PL保険は破綻しそうだというくらいになっています。ですから、産業機械系でもマニュアルを整備しましょうという動きが徐々に活発になっています。
徐々にということですが、そうでないメーカーは日本の商習慣に高を括っているのでしょうか?
徳田 そういったことが担当者レベルに留まり、まだピンと来ていない人が多いのでしょう。
高橋 海外と同様の訴訟が国内で起こった場合、国際標準の観点から考えるとメーカーが負ける可能性があります。言い換えれば、国内では訴訟が少ないだけで、海外で訴訟を起こされるとたいへん厳しいことになります。
海外の法令では圧倒的に消費者が保護されていますし、根本的な契約社会という文化もあります。ですから、契約事項を明確化しないといけないのです。今後、国内メーカーもグローバル視点でもっと考えていかないと、リスクが高いですよね。
徳田 日本は契約文化ではないので、その常識を海外に当てはめようとすると相当なリスクが伴います。
高橋 そもそも日本は働き方自体が契約ベースではないです。
欧米も(日本以外の)アジア諸国も含めて、なぜマニュアルが大事な位置付けになっているかと言うと、たとえば諸外国から多国籍、多民族の労働者を受け入れている製造工場があります。
そのような工場で、曖昧なことを伝えていると、製造そのものが成り立たなくなる可能性があります。
私が過去に仕事で携わったマレーシアの工場の場合は5言語が表示されていました。英語、地元のマレー語、中国語、ヒンディー語(インド)、インドネシア語が工場内にあふれています。構内のスローガンや注意事項などもこれら5言語で掲示されています。
マニュアルはと言うと、製造手順書という重要なものがあります。このマニュアルも5言語用意する必要がありますし、そこに手順や安全情報を明記する必要があります。
そういった言語対応は国際規格でも定められているのですか?
高橋 法的な要求ではなく、そういう製造現場ではマニュアルを労働者の使用言語ごとに提供しないと、実質的に製造活動そのものが停滞したり、品質が落ちたりします。
徳田 日本的な暗黙の了解というものは通用しないんだよね。
高橋 そうです。先ほど欧米は契約社会が前提であるという話をしましたが、日本は対照的に暗黙知という文化があります。それは、日本以外の国には通用しません。
徳田 国内ではこうだから、それを基準に海外で展開するとアウトだよね?
高橋 ほとんどそうです。
海外工場に赴任経験のある日本人に聞いたのは、日本人同士で働く場合は阿吽の呼吸であったり、言わなくても分かってくれたりすることがどれだけ助かったか痛感すると。(笑)
これは逆説になりますが、海外では指示は指示、ドキュメントはドキュメントで万全にしないと品質そのものに影響します。
その意味でも、ドキュメントの重要性がいかに大きいかということです。
徳田 そうですね。それを怠ると、ガクッと品質が落ちることが往々にしてありますね。それなのに、日本ではそれをドキュメントに明文化しないことが多いです。
高橋 言わなくても通じる日本独特の文化は素晴らしいと思いますが、国内では通用しても、国外ではまったく通用しません。言い換えれば、海外ではドキュメントに明記しないということはまずあり得ません。
それは多民族国家、あるいは多国籍な人材が働く環境下において必要な標準化ということですか?
徳田 明文化と標準化はちょっと違います。明確な意思表示をすることが明文化です。それは標準化されていなくても構いません。
日本のローカルルールを明文化して、この国でも守りなさいと言えばそれは守られます。自国のルールに合っていなくても、労働条件として提示することは可能です。それが法律に違反していなければ問題ありません。
ですから、ローカルルールに関して言えばそれは何とでもなります。ただし、法令に規制されていることはアウトです。でなければ日本のルールを持ち込んでも何の問題もありません。ただし、明文化することです。
これを守って仕事してください、その対価としてこれだけの労働報酬を出します、ということは何の問題もありません。
高橋 そうですね。私の主な仕事は、それら労働環境における明文化の観点、マニュファクチャラーとしての明文化の観点、現地法令上の明文化の観点、それと輸出先の現地法律上の観点から、それぞれこういうことをマニュアルで明文化する必要がある、ということを反映したり、顧客にアドバイスしたりすることです。
いわゆる業務マニュアルやユーザーマニュアルそれぞれに明文化する必要があることをまとめ上げる、というお仕事ですね。
高橋 そうです。ユーザーにだけ伝えれば良い製品もありますが、レーバー(労働者)にも伝えなければいけない製品もあります。冒頭でも言いましたが、それをマニュアルで完結させるというのが私たちの使命であり、ミッションだと位置付けています。
特に、輸出先の国ごとに法律で要求される適合条件が違います。それら各国の規制に対応するために必要なことを調べ上げたり、顧客に伝えたりしてマニュアルに明文化します。
徳田 それは日本でも同じなんですよ。
高橋 そう、同じなのですが、日本はいろいろな意味で曖昧ですね。
徳田 労安法もありますし、法律で規定されているのに意識されていないと思うことが多々あります。たとえばBtoB製品に関してはある程度守られていますが、現場で使われる可能性があるBtoC製品に必要な記載が欠落していることがよくあります。
日本ではそのように曖昧に扱われていることも少なくありませんが、海外では許されません。
個人的に面白いと思うのは、法律に対する感覚が個人的と言えるかも知れません。法律を担当者と言う個人単位で解釈しがちです。この場合部門単位でも同じことです。
高橋 それは、恐らくは書かなくても分かる、分かってもらえるという前提があるからでしょうね。
それこそ国や社会の成り立ち、会社と労働者との関係性など文化の違いもありますし、本質的に日本人が優秀だからということもあるでしょう。また、問題が起こっても、サイレントなユーザーが多いのも事実です。
徳田 そうですね。日本以外の国では考えられませんね。でも、そのような意識差について、日本もだんだんグローバルになりつつあるとは思います。
製品輸出と関税制度
高橋 輸出先の法律をあまり意識せずに簡単に売れるだろう、という感覚のメーカーも少なくないのですが、輸出先の法令適合についてきちんとした提示をしていないと、返却・返品などの対応を余儀なくされるのは目に見えています。
ECサイトを使えば簡単に製品が売れるだろうと考えている担当者もいます。それは現地に販社などの法人を設立しなくても製品が売れるだろうと安易に考えているからですが、規制などで現地対応が必要になった場合、相当厳しいことになります。そういう議論になったときは、それは違いますよとお伝えしています。
商社に販売を委託するにしても、マージンコストだけで済むので利益が見込めるかも知れませんが、販売する限りはメーカーの責任になります。
たとえば、EUに製品を販売するということは、どのようなチャネルを使おうがEUに踏み込むということに他なりません。この場合、国内製品をEUに輸出するということになりますので、対象であればCEマーキングをしていなければ輸出すらできません。
徳田 よしんば売買が成立して、製品を輸送しても現地の税関でストップされます。EUだけではなく、アジアでもUSでもそういうことは多いです。税関でストップされます。
輸出規制の対象ではない製品でも、そういうケースがあるのですね。
徳田 その場合、製品の良し悪しとか品質は関係がありません。その製品が現地法に準拠適合しているかどうかが問題なのです。
その意識が低いメーカーは少なくありません。特にこれから海外展開していこうというメーカーは細心の注意が必要です。
ECサイトを利用して、売れたと思って輸出したら税関で止められるというケースはいっぱいあります。
高橋 製品がユーザーの手元まで届かないということですので、その後の対応コストが膨大になることもありますね。
徳田 メーカーの担当者は関税制度のこととかを知らなさ過ぎです。そういうことこそ、本来は営業部門と法規部門が密に対応しないといけないことです。もちろん我々のような専門会社を使っても構いません。
目先のコストを抑えて、後からそれ以上のコストが掛かるのでは本末転倒です。それでは遅いのです。
各国の法制度
高橋 法律とひと口に言っても、ASENとEUでは当然違いますし、中国とASENでも違います。また、ASENの中でも国によっては全然違うことがあります。それにUSはもっと違いますよね。
徳田 そうですね、USは州単位で違います。輸出入に対して、下手をすると州によりまったく異なるということがあります。州から州へ売るのだって規制があります。USの場合、州により違うのだという意識が必要です。
個人的にEUよりUSの方が自由度や柔軟性が高いというイメージがありました。
そうではなく、USは州ごとの法律にも気を配らないといけないということですね。
高橋 そうです。確かにEUよりUSの方が開かれているというイメージがありますが、神経を使わないといけないのはUSで、連邦法以外の州法がわかりにくいのもありますが、メーカーには、US上市の際に法的対応に妥当性根拠を持つ責任があるのだという考え方です。
徳田 そうですね。EUの法律は1つですからね。極端に言うとEUの方がラクだよね。(笑)
高橋 EUは製品の輸出に関してはこうしなさいと規則や指令で細かく言ってくれています。
徳田 USには連邦法と州法があります。それに日本人の感覚では意外と極端な州法があったりします。そのことを意識していないメーカーが多いですね。
ありがとうございました。次回はEUとUSの法律の違いや、それに対応するためにはどうすれば良いのかなどを聞かせてください。
高橋 英子 プロフィール
株式会社クレステック 事業推進室 国際規格グループ 主任
Eiko Takahashi
CRESTEC Inc.
Senior Staff, International Standards Team, Business Advancement Section